2007年11月06日

TV映画の中の私

こんばんは。3S社長の「橘」です。皆様お元気でお仕事に勤しんでいますか?当社もそれなりに活気を持って社員全員マジメに頑張って仕事に取り組んでいます。


夜も22:00を廻り、社員全員が帰宅の途にについた後、私はインターネットを検索したり、好きな演歌を聴いたりして、秋の夜長の静寂と孤独を楽しんでいます。

毎年秋の夜は特に思うのですが、昔はこんなんじゃなかったなぁ、とか、もっと虫の音が響きわたっていたなぁとか、とか何かが違うようなー


感じ方や性格が昔とは全然違うのでしょうが、窓ガラスに自分の姿を映してみても、そこにはボーっとくすんだ顔をした中年のオッサンが映っていて、昔とは全く違う人間になっている様な(印象など曖昧でいい加減なものだけど)その連続や非連続が自分という人間や性格や人生や生活を形造っているとするなら、何かしっくり来ない違和感を覚えざるを得ません。


最近、政治家や芸能人のパーティーなど公の華やかな場に出席したり、TV(ローカルですが)に出演したりする機会があるからかもしれませんが、スタッフや友人と離れて一人になり、公の明るい場所から、暗い路地へ滑り込んだ瞬間、自分の中の陰影の部分に気付かされ、ある種の無常感というか、自分という人間の限界、しかもそれを感じながらも、色々と調整しつつ、人生を送っていかなければならないーザトペック選手のようにふらふらと生きてゆくー もちろんある程度、考えつつ筋を通しつつー


以前だったら他者へ向かっていた興味が、他人も自分も同じようなものだと知るにつけ、セツナイ感情を抱きながらもオートマティックにエレクトロに自分という我、人間の生を修めていくしかないような気がしています。


子供の頃には、怪獣映画や幽霊やお化けの出てくる怖い夢をみるものですが、中学生くらいになると、今度は青春映画やヒューマニズム、戦争ものなど、より社会的、人間的な映画も目にすることになります。


苦しみや恐れ、痛みなど、幼児の頃より心の滓になっているネガティブな感情をはねのけて38まで生きてきましたが、一番TV映画を良く見てた中学生の頃、一世を風靡した(20代前半〜後半の男女が出てくる)ATG映画や五木寛之や水上勉の小説の映画化したものとか、今度久しぶりにレンタルビデオで借りてきて、秋の夜長を毛布にくるまってカウチポテトと洒落込もう。


狭い部屋で明かりを暗くして、テレビデオの小さな画面を凝視・没入すれば、箱の中の登場人物が、あくせく生きながらも、時に突拍子も無い行動をしたり、色々悩みながらも力強く発言したり、生きているのを見るにつけ、自分のなかのヒューマンな部分が触発されてくるでしょう。


世界中のあらゆる人間の営み、心の動きが、自分と似たようなもの、もしくはもっと違った大きなものや細かいものでも、それを理解・共感できるとしたら、TV映画の中の登場人物もonly humanー「私」なのですから。ー

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counter: | posted by 3s at 04:37 | TrackBack(0) | 青い熊の心情
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