2008年01月23日

インヴィジブル・チェイン

こんばんは、寒い中本当にお疲れさまです。


3S代表の「橘」です。皆様、年末年始は実家に帰り、家族や友人とゆっくりしましたか?私も(ここ数年会っていない者を含む)友人と高岡・富山・金沢のバーや居酒屋で旧交を暖めました。

何年か経ち、かなり変わった者、やや住む世界の違いを感じた者、影が薄くなった者、妙に迫力や威厳が出た者、など何か昔とは違う感触、感覚を感じながら、新しい年の仕事に戻り、正月も半ばを過ぎ、元の仕事人の生活スタイルに戻りつつある最近でも、


他人から見ると、何か尋常ではない、ただならぬ雰囲気を気取るのでしょうか――何か目に見えない宇宙意思の様なものに自分が動かされ、回転させられている様な、そしてそのハエ取り紙の様な、体中に粘着テープをはりめぐらせた自分が、無数のハエやゴミの様なものを体に附着させながら、転がっている様な、例えは非常に悪いですが、死んでしまった自分がただやみくもに走り回っている――それでいて見えない現実の強固なchain(鎖)に強く縛られている様な、そんな感じがしてなりません。


ただし、その状態が快適であるか、又は非常に不快でつらいものであるかは時と場合、働く力、又は私の体調や状態によっても全然違うし、又、そういった私や、私を取り巻くworldを木っ端微塵に打ち砕く様な恐れ多い力や要素も宇宙は秘めています。
――スティーブン・ホーキングがアインシュタインを批判していみじくも語った様に
「神様は極めつけのギャンブラーであるー宇宙は常にサイコロが振られ、ルーレットの回転盤がいつも回されている巨大なカジノの様なものだ」ですから。


現実の諸現象には、様々な要因がからんでいて、それを透徹した知性と想像力で解明するのが、経営者や弁護士や刑事や、大学教授や医師や、その他人の上に立つものの仕事である――それは私もわかっちゃいるけれど――私の場合人生を歩む中でできた心の溝の部分に化学変化が起こる様な不調和に遭遇すると、全てをイージーに流してしまいたくなる精神が働き、それ故、プラスして、出口のない不安に苛まされる事があります
__________________________________

しかしながら、自分自身を狭苦しい、固定した共同体の一員、成員として見るよりは、もっと大きな自然の中の一員とみなして、自分の小さな利益など犠牲にできる様な、「お姉さん」的な感性で心を持っていれば、もっと全然いい感じのgrooveで生きていけるかもしれない。


前言と矛盾しているようですが、「お姉さん」には弟や妹もいれば、お兄さんやお父さん、遠くや近くの友人達もいるわけで、目に見えない細かいつながりで、自分は守られたりしているし、いい方向に背中をつつかれているかもしれない。


――アダム・スミスの「国富論」ではないですけれども、博愛であれ、自己愛であれ、広大な海の上に溶けている夕日や朝日を感じる内に己を持して、また現実の猥雑なあやとりの様な世界にもどれば、そこから今度は誰かと、どこかへ向かって広大な空を一気に飛んで行ける――世の中そんなところがある様な気がしています。

求人・人材派遣はこちら

流行通信はこちら

counter: | posted by 3s at 04:38 | TrackBack(0) | 青い熊の心情
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/27381603

この記事へのトラックバック